安心してリハビリを進めていただくために、本記事では脳卒中のリハビリに関する自主トレを紹介していますが、これはすべての患者様に一律に適合するものではありません。

安全で効果的なリハビリのためには、個々の回復ステージに合わせた専門家の判断が不可欠です。本記事の内容を試される前に、担当の医療従事者へ内容をご共有、ご相談いただくようお願いします。

なお、実践に伴う体調不良などの責任は負いかねますのでご了承ください。

「だいぶ動くようになった。でも、細かい作業になると、まだうまくいかない」

ブルンストロームⅤ期(上肢)の方が、よく感じる壁です。

箸は持てるけど豆がつまめない。字は書けるけど時間がかかる。ボタンは留められるけど、まだぎこちない。この「あと少し」が、実は最も伸ばしにくいところです。

そして、ここで多くの方が間違えます。「もっとたくさん練習すれば伸びるはず」と。でも、Ⅴ期では「量」を増やしても、もう大きくは伸びません。鍵は「」と「使う場面の広さ」に変わります。

この記事では、Ⅴ期の方が「実用手の完成」つまり、日常で当たり前に使える手を目指すための自宅トレーニングを、研究に基づいてお伝えします。


ブルンストロームⅤ期(上肢)ってどういう時期?

Ⅴ期は「ほとんどの動きが分離してできて、つっぱり(痙縮)もほぼ消えた」段階です。

特徴内容
分離運動肩・肘・手首・指を、それぞれ単独でコントロールできる
痙縮ほぼ消失(あっても軽度)
できること多くの日常動作が片手でこなせる
残る課題細かい作業、速い動き、複雑な両手動作の「質」

Ⅵ期は「健康な人とほぼ同じように、速く正確に動ける」段階。このⅤ→Ⅵの一段が、最後の、そして最も繊細な壁です。


Ⅳ期からの決定的な変化 「量」から「質」へ

ここが、この記事で最も大切なポイントです。

Ⅳ期までは「たくさん動かす(1日300回)」ことが大事でした。でもⅤ期では、量を増やしても効果は頭打ちになります。

これを示したのが、有名な「DOSE試験」です。慢性期の患者さんを、訓練回数を3,200回・6,400回・9,600回・個別最大の4グループに分けて比較したところ、回数を増やしても運動機能の伸びはほとんど変わりませんでした(Lang et al., Ann Neurol 2016)。

重視するものキーワード
Ⅳ期量(ただし質を伴う)1日300回の分離運動
Ⅴ期質・正確さ・使う場面の広さどう動かすか、どこで使うか

つまりⅤ期では、「何回やったか」より「どれだけ正確に、いろんな場面で使えるか」が勝負になります。


Ⅴ期で評価の「ものさし」を変える

Ⅴ期になると、これまでの評価指標(Fugl-Meyerなど)では変化が見えにくくなります。点数が高いところで頭打ち(天井効果)になるからです。

そこで、より細かい変化が見える「ものさし」に切り替えます。

ものさし測るもの自宅でのやり方
9ホールペグテスト細かい作業の速さ9本のペグを穴に挿して抜く時間
物をつまむ速さ巧緻性コインや豆を1分間で何個移せるか
書字の時間と読みやすさ実用性決まった文章を書く時間
使用の質(MAL-QOM)どう使えているか日常動作の「質」を0〜5点で自己評価
趣味・仕事での実用度社会での使いやすさ「楽器が弾けた」「料理ができた」

「あと数点の機能アップ」ではなく、「生活の中でどれだけ自然に使えるか」を目標にする——これがⅤ期の発想転換です。


Ⅴ期からⅥ期へ進むための5つの柱

柱① 正確さを磨く(量より質)

同じ動作でも、「速く雑に100回」より「ゆっくり正確に30回」のほうが、Ⅴ期では効果的です。鏡や動画で動きをチェックしながら、丁寧に行います。

柱② 「いろんな条件」で練習する(変動練習)

同じ「コップをつかむ」でも、距離・高さ・大きさ・重さを変えると、脳が新しい刺激を受けて適応します。

変える要素
距離近く・遠く
高さ机の上・棚の上・床
大きさ大きいコップ・小さいコップ
重さ空・半分・満タン
速さゆっくり・普通・速く

柱③ 「手」ではなく「物」に注意を向ける(外的注意)

研究では、「手をこう動かそう」と意識するより、「コップを棚の真ん中に置こう」と物や目標に注意を向けたほうが、動きが自然になり上達が速いことがわかっています(Wulf, 注意焦点研究)。

柱④ 「ながら動作」を練習する(二重課題)

実生活では、何かを考えながら、話しながら手を使います。「しりとりしながら洗濯物をたたむ」「計算しながら料理する」など、頭と手を同時に使う練習が、動きの「自動化」を促します。

柱⑤ 趣味・仕事・生活に組み込む

Ⅴ期の訓練は、専用のメニューだけでなく「意味のある活動」そのものを訓練にします。料理、園芸、楽器、手芸、DIYなど好きなことが最高のリハビリになります。


自宅でできる巧緻動作トレーニング

つまむ・運ぶの精密動作

課題やり方目標
コインつまみ硬貨を1枚ずつつまんで別容器へ、速さも意識1分で何枚
豆つまみ大豆 → 小豆 → 米と小さくしていく各10粒
ペグ・楊枝挿し楊枝を発泡スチロールに正確に挿す20本
ビーズ通し大 → 小のビーズを糸に通す各10個

道具を使う動作

課題やり方
箸でつかむスポンジ → 豆 → 小さな物へ段階化
ペンで書く大きな図形のなぞり → 文字 → 通常の筆記
ハサミで切る直線 → 曲線 → 複雑な形
ボタンの開け閉め大 → 中 → 小のボタンを段階的に

両手で協力する動作(Ⅴ期の本丸)

課題内容
瓶のフタ開け片手で瓶を支え、もう片手で回す
紙を折る・封筒に入れる左右の手で違う役割
野菜を切る患手で押さえ、健側で包丁(逆も挑戦)
楽器・編み物左右が違う動きを同時に行う最高難度

感覚を取り戻すトレーニング

Ⅴ期では、「動き」だけでなく「感覚」も精密動作の鍵になります。目で見なくても、手の感覚だけで物を見分ける訓練です。

課題やり方
手触り当て目を閉じて、布・紙・スポンジなどを触り分ける
形当て目を閉じて、袋の中のコイン・鍵・ボタンを当てる
重さ比べ目を閉じて、2つの物のどちらが重いか当てる
温度当てぬるま湯と冷水を触り分ける

これらは、Careyらの感覚再訓練の考え方に基づいています。1日10〜15分、目で見ないで手の感覚に集中するのがコツです。


1日のスケジュール例(合計60〜90分)

Ⅴ期では「専用トレーニング」と「生活の中の実践」を組み合わせます。

時間帯内容時間
軽いストレッチ → 感覚トレーニング10分15分
朝食箸を使う、コップを両手で持つ(質を意識)食事時間
午前巧緻動作(コインつまみ・ペグ・ビーズ)を条件を変えながら20分20分
午前(趣味)楽器、手芸、園芸、料理などを訓練として自由
午後両手協調(瓶開け・紙折り・野菜切り)20分20分
午後(ながら動作)しりとりしながらタオルたたみ、計算しながら洗い物家事の中で
夕方書字練習、ボタン・ファスナー操作15分
動作の振り返り(動画チェック)、軽いストレッチ10分

ポイントは、専用トレは短くても、1日を通じて患手を「主役」として使い続けることです。


残った代償動作を消す

Ⅴ期でも、速い動作や難しい動作のときに、微妙な代償(体をかばう動き)が残っていることがあります。

残りやすい代償チェック方法対策
体が前に傾く動画で横から撮る背もたれに軽く触れたまま動作
肩がすくむ鏡で肩の高さを見る「肩を下げる」と意識
肘が外に開く動画で正面から撮る肘を体に近づける
手首が小指側に曲がる動画でチェックゆっくり正しい軌道で

月1回、スマホで動画を撮って「どう動かしているか」を確認するのが、最も確実な方法です。


やってはいけないこと

NG行動理由
「とにかく回数」だけの練習Ⅴ期では量を増やしても伸びにくい
速さだけを追って雑に動かす代償と悪い癖が固定される
痛みを我慢して続ける肩や手を傷める
健側だけで生活を完結患手の使う機会が減る
同じ条件でばかり練習脳が慣れて伸びが止まる
「もう十分」と訓練をやめるせっかくの伸びしろを逃す
疲れているのに無理に続ける脳卒中後疲労を悪化させる

「もう十分」症候群に気をつける

Ⅴ期で最も多い停滞の原因は、体ではなく「気持ち」にあります。

日常生活が自立し、社会にも復帰すると、「もうこれで十分」とリハビリの優先度が下がります。これ自体は自然なことですが、「あと一歩で実用手の完成」という段階で訓練をやめてしまうのは、もったいないことです。

大切にしたい考え方内容
訓練=特別な時間 ではない趣味や生活そのものが訓練になる
完璧を目指さなくていい「先月より自然に使えた」で十分
続けることが力過剰学習が動作を「自動化」させる

楽器、料理、園芸、手芸——好きなことを患手で続けることが、Ⅴ期では最高のリハビリです。


受診したほうがいいサイン

サイン疑い
急な肩や手の痛み関節・腱の問題
手の腫れ・赤み・熱CRPS、血栓
急に動きが悪くなった再発の可能性(即受診)
新たなしびれ再発の可能性(即受診)
強い疲労感が続く脳卒中後疲労
気分の落ち込み脳卒中後うつ病

Ⅴ期は「実用手の完成」へ向かう最終ステージ

Ⅴ期の自主トレで大切なのは、考え方を切り替えることです。

これまでⅤ期
たくさん動かす正確に、いろんな場面で使う
機能の点数を上げる生活で自然に使えるようにする
専用メニューをこなす趣味・生活そのものを訓練にする
できるかどうかどう動かしているか

「あと少し」が伸びないのは、能力の限界だからではありません。訓練のやり方が、Ⅴ期に合っていないだけかもしれないのです。

量から質へ。機能から生活へ。この発想転換ができれば、「実用手の完成」日常で当たり前に使える手という最後のゴールが見えてきます。

好きなことを、両手でめいっぱいできるように。


参考文献

  1. Lang CE et al. “Dose response of task-specific upper limb training in people at least 6 months post stroke (DOSE trial).” Ann Neurol 2016. Wiley
  2. Ward NS et al. “Intensive upper limb neurorehabilitation in chronic stroke: outcomes from the Queen Square programme.” J Neurol Neurosurg Psychiatry 2019. JNNP
  3. Levin MF et al. “What do motor ‘recovery’ and ‘compensation’ mean in patients following stroke?” NNR 2009. Sage Journals
  4. Cirstea MC, Levin MF. “Compensatory strategies for reaching in stroke.” Brain 2000. Oxford Academic
  5. Wulf G. “Attentional focus and motor learning: a review of 15 years.” Int Rev Sport Exerc Psychol 2013. Taylor & Francis
  6. Guadagnoli MA, Lee TD. “Challenge point: a framework for conceptualizing the effects of various practice conditions in motor learning.” J Mot Behav 2004. Taylor & Francis
  7. Carey LM et al. “SENSe: Study of the Effectiveness of Neurorehabilitation on Sensation.” NNR 2011. Sage Journals
  8. Schaefer SY et al. “Transfer of training between distinct motor tasks after stroke.” NNR 2013. Sage Journals
  9. Winstein CJ et al. “Effect of a task-oriented rehabilitation program on upper extremity recovery (ICARE).” JAMA 2016. JAMA Network
  10. French B et al. “Repetitive task training for improving functional ability after stroke.” Cochrane Database Syst Rev 2016. Cochrane Library
  11. Thieme H et al. “Mirror therapy for improving motor function after stroke.” Cochrane Database Syst Rev 2018. Cochrane Library
  12. Hackett ML, Pickles K. “Part I: Frequency of depression after stroke.” Int J Stroke 2014. Sage Journals
  13. Winstein CJ et al. “Guidelines for adult stroke rehabilitation and recovery (AHA/ASA).” Stroke 2016. AHA Journals
  14. Royal College of Physicians. National Clinical Guideline for Stroke 2023. strokeguideline.org
  15. 日本脳卒中学会. 脳卒中治療ガイドライン2021[改訂2025]. 日本脳卒中学会

このページの内容は情報提供を目的としています。実際のリハビリ内容については、担当の理学療法士・作業療法士または医師にご相談ください。

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悠リハ
理学療法士/生活期脳卒中リハビリ専門。脳卒中専門病院の回復期リハビリ病棟と訪問リハビリで、臨床5年以上にわたり脳卒中の方とご家族に関わってきました。「退院してからが本当のスタート」という現場の実感をもとに、自宅でできる自主トレ、ご家族向けの介助の工夫、リハビリの考え方を発信しています。