動かせるのに、動かすほど悪くなる——脳卒中後「ブルンストロームⅢ期」の正しい自主トレ
「前よりも足が動くようになったのに、歩き方がどんどんぎこちなくなっている気がする」
この矛盾に、多くのご家族と患者さんが戸惑います。
脳卒中後の回復には段階があり、「ブルンストロームステージⅢ期」と呼ばれる時期は、まさにその矛盾が最も強く現れるタイミングです。足が動くようになった。でも、思い通りには動かない。頑張れば頑張るほど、変なパターンが強くなる——。
この記事では、なぜそうなるのかを脳の仕組みからわかりやすく説明し、自宅で安全にできるリハビリの方法を具体的にご紹介します。
ブルンストロームⅢ期ってどういう時期?
脳卒中後の運動回復は、Ⅰ〜Ⅵの6段階(ブルンストロームステージ)で評価されます。
Ⅲ期は「共同運動が随意的に出る時期」。つまり、意識的に足を動かせるようになります。ただし「共同運動」という決まったパターンでしか動けません。
たとえば下肢の「伸展共同運動」では、足を伸ばそうとすると股関節・膝・足首が一斉に伸びてしまいます。「膝だけ曲げたい」「足首だけ上げたい」という細かい動きができない状態です。
さらにこの時期は、筋肉のこわばり(痙縮)が発症後1〜3か月でピークを迎えることが報告されています(Lundström et al., J Rehabil Med 2010、Sommerfeld et al., Stroke 2011)。
なぜ「頑張る」と逆効果になるのか
脳卒中で主要な運動指令路(皮質脊髄路)が傷つくと、代わりに「網様体脊髄路」という予備の経路が過剰に働き始めます(Li S et al., Frontiers in Neurology 2019)。
この予備経路には困った特徴があります。「1本の指令で、複数の筋肉を一斉に動かしてしまう」のです。これが共同運動の正体です。
そして力を入れれば入れるほど、この予備経路が強く活性化します。つまり——
頑張って動かす → 共同運動がさらに強まる → パターンが固定化する
という悪循環が生まれます。息を止めて力む動作(バルサルバ動作)も同様に、この経路を興奮させてしまいます(McPherson et al., Front Neurol 2022)。
Ⅱ期とⅢ期で、リハビリの目標はこう変わる
前回の記事(Ⅱ期向け)では「出力を引き出す」ことが中心でした。Ⅲ期では目標が大きく変わります。
Ⅱ期の目標は「動きを生み出すこと」。 Ⅲ期の目標は「共同運動を破って、選択的な動きを引き出すこと」。
たとえば、Ⅱ期ではミラーセラピーや運動イメージで脳を活性化させることが主でしたが、Ⅲ期ではそれに加えて「足首だけ動かす」「膝だけ曲げる」という分離運動の練習が加わります。
一方で、歩行練習を自主トレで行うことは避けるべきとされています。足首の背屈や膝のコントロールが不十分なまま歩行を繰り返すと、反張膝(膝が逆方向に反る状態)や分回し歩行(足を外側に振り出す歩き方)が運動パターンとして固定されてしまうためです(Krakauer, Curr Opin Neurol 2006)。
自主トレの4原則
Ⅲ期の自主トレでは、以下の4つのルールが土台になります。
- 最大努力をしない——力みは共同運動と痙縮を強めます
- 息を止めない——息こらえは連合反応(麻痺側が勝手に動く現象)の引き金です
- 寝た姿勢・座った姿勢で練習する——立位は共同運動が出やすいため、まずは負荷の低い姿勢から
- 共同運動の「逆」を狙う課題を選ぶ——たとえば膝を伸ばしたまま足首だけ上げる、股関節を伸ばしたまま膝だけ曲げるなど
やってはいけない動作リスト
- 装具なし・見守りなしでの歩行練習(異常パターンの固定化)
- 最大努力での筋トレや、息を止めて行う運動
- 健側(麻痺していない側)だけを使い続ける生活(麻痺側の廃用が進みます)
- 足首を素早く伸ばすストレッチ(クローヌスを誘発します)
- 低い椅子からの立ち上がり反復(膝を伸ばす力が過剰に要求され、伸展共同運動を強めます)
- 片足立ちの長時間保持や階段昇降の繰り返し(反張膝の学習につながります)
自宅でできる5つの柱
柱① 痙縮管理のストレッチ(毎日の土台)
朝の起床直後は痙縮が最も強い時間帯です。本格的な運動の前に、まずふくらはぎの持続ストレッチで「土台を整える」ことが重要です。
やり方:床に足を伸ばして座り、バスタオルを足裏にかけて、ゆっくりすね方向に引きます。膝を伸ばした状態で30〜60秒×3〜5回。「軽い張り感」で止め、痛みが出る手前が限界です。
太もも裏(ハムストリングス)や内もも(内転筋)のストレッチも加えます。ただし膝を完全に伸ばしきることに固執すると、伸展共同運動を誘発しやすいので注意が必要です。
根拠:1年間の毎日の自己ストレッチで、ふくらはぎの筋拘縮指標が31%減少し、歩行速度が41%向上したと報告されています(Pradines & Gracies, Neurorehabil Neural Repair 2019)。
柱② 分離運動の練習(共同運動を「破る」)
Ⅲ期の自主トレで最も大切な単一課題は「膝を伸ばしたまま、足首だけを上に引き上げる」動作です。伸展共同運動のパターンでは足首は下を向く(底屈する)ため、その逆方向を選択的に動かす訓練になります。
足首の背屈筋力は、脳卒中後の歩行速度を決める独立した要因であることがわかっています(Dorsch et al., Arch Phys Med Rehabil 2012)。
やり方(足首の分離運動):床に足を伸ばして座り(背中はクッションで支える)、麻痺側の足先を「すねに引き寄せる」意識で、10秒かけてゆっくり引き上げ → 3秒保持 → 10秒で戻す。10〜15回×2セット、1日2回。
やり方(膝の分離運動——座位):椅子に座り、股関節を90度に曲げたまま、膝だけをゆっくり伸ばします。5秒で伸ばす → 3秒保持 → 5秒で戻す。10〜15回×2セット。
やり方(膝の分離運動——うつ伏せ):うつ伏せに寝て、股関節を伸ばしたまま膝だけをゆっくり曲げます。90度を目標に、3秒保持して戻す。10回×2セット。骨盤が浮かないよう注意します。これは伸展共同運動を「破る」ための最重要課題です。
根拠:前脛骨筋(すねの筋肉)への選択的な訓練が、痙縮を悪化させずに歩行速度を改善することが示されています(Ng & Hui-Chan, Stroke 2007)。
柱③ 体幹・骨盤のコントロール(姿勢、歩行の土台)
体幹の安定性は、足の分離運動を引き出すための前提条件です。体幹訓練は共同運動を誘発しにくく、安全性が高いため、Ⅲ期の自主トレの土台として非常に価値があります。
やり方:
骨盤の前後傾:椅子に座り、足裏全体を床につけます。「腰を反らせる(前傾)→ 丸める(後傾)」をゆっくり10往復。
骨盤の左右移動:座ったまま、おしりの荷重を麻痺側 → 健側へゆっくり移動。各3秒保持で10往復。
ブリッジ運動:仰向けで両膝を立て、おしりをゆっくり5〜10cm持ち上げて5秒保持。10回×2〜3セット。膝が外側に倒れる場合はクッションを膝の間に挟みます。息を止めないことが必須です。
座位リーチング:椅子に座って、前方や斜め前に置いたコップや本に、健側の手でゆっくり手を伸ばして取る。各方向10回×2セット。戻すときに麻痺側の足裏が床を押す感覚を意識します。
根拠:コクランレビュー(2023年、68件のRCT、2,567名)で、体幹訓練が体幹機能・立位バランス・移動能力を改善することが確認されています(Thijs, Verheyden et al., Cochrane Library 2023)。座位リーチングについては、わずか2週間で麻痺側の足の床反力と立ち上がり動作が改善したという報告があります(Dean & Shepherd, Stroke 1997)。
柱④ 条件を設定した立ち上がり動作
歩行練習は自主トレでは避けますが、「立ち上がり・座り」動作は条件を守れば安全に実施できます。
条件:
- 高めの椅子(座面50〜55cm)から始める。(膝への負担を減らし、伸展共同運動を最小化にする目的)
- 足は膝の真下かやや後ろに置く(足首の背屈を促す)
- 上半身を十分前に傾けてから立ち上がる(「鼻がつま先の上に来る」くらい)
- 手で押して立たない(手で押す動作は伸展共同運動を強めます)
- 座るときは5秒かけてゆっくり(ブレーキをかける筋肉の訓練になります)
- 座面は43cm以下に下げない
5〜10回×2〜3セット、1日2回が目安です。
根拠:コクランレビュー(2014年、13件のRCT、603名)で、立ち上がり動作の練習が動作時間と荷重の左右対称性を改善し、重大な有害事象がなかったと結論されています(Pollock et al., Cochrane Library 2014)。
柱⑤ ミラーセラピー・運動イメージ・動作観察(脳から動かす)
Ⅲ期最大の難題は「動かすほど共同運動が強まる」というジレンマです。これを回避できるのが、実際には体を動かさず(または健側だけを動かして)脳の運動回路を活性化する方法です。
ミラーセラピー:椅子に座り、両足の間に鏡を立てます。麻痺側を鏡の裏に隠し、健側の足だけを動かすと「麻痺側が動いているように見える」。この錯覚が脳の運動野を刺激します。足首の上げ下げ、足趾の曲げ伸ばし、膝伸展など5種類の動きを各15〜20回。1回30分、週5日、4〜6週間。
運動イメージ:目を閉じて、自分が滑らかに足首を上げたり、歩いたりしている場面を鮮明に思い浮かべます。視覚だけでなく、筋肉の感覚や床の感触まで想像するのがポイントです。1回15〜20分、週3〜5日。
動作観察:健康な人が歩いたり、椅子から立ち上がったりする動画を見て、その後に自分で(または鏡を使って)真似をします。観察3分 → 模倣30秒を1ブロックとし、6〜10ブロック。1回30分、週5日。
根拠:ミラーセラピーはコクランレビュー(2018年、62研究、1,982名)で運動機能改善が確認されています(Thieme et al., Cochrane Library 2018)。運動イメージは自宅で週3回・6週間の実施で歩行速度が40%向上したと報告されています(Dunsky, Dickstein et al., Arch Phys Med Rehabil 2008)。動作観察は22研究のメタ解析で下肢機能への有意な効果が確認されています(Buchignani et al., 2019)。
1日の自主トレスケジュール例(計30〜50分)
全部を毎日やる必要はありません。痙縮が強い日はストレッチと呼吸法だけでも十分です。
| 時間帯 | 内容 | 目安時間 |
|---|---|---|
| 朝(起床後) | ふくらはぎストレッチ60秒×3 → 太もも裏ストレッチ30秒×2 → 内ももストレッチ30〜60秒×2 → 足首の背屈練習10回×2 → ブリッジ10回×1 | 約10分 |
| 午前〜昼前 | 座位での膝伸展10回×2 → 座位での足首背屈15回×2 → 骨盤の前後傾・左右移動 各10往復 → 座位リーチング各方向10回 → 立ち上がり動作5回×2 | 15〜20分 |
| 午後 | ミラーセラピー20分、または運動イメージ15分+動作観察10分(交互の日に入れ替える) | 20〜30分 |
| 夕方 | ふくらはぎストレッチ60秒×3 → 椅子に座ったまま足首を背屈位で5分保持(テレビを見ながら) → 可能ならうつ伏せ膝屈曲10回×1 | 5〜10分 |
週5〜6日を基本とし、週1日は完全休養にします。
運動の強さの目安
自覚的なきつさが「楽である」〜「ややきつい」程度(Borgスケールで11〜13)が適正です。「会話ができる」強度が一つの基準になります。
以下のサインが一つでも出たら即座に中止し、5分休んでから強度を3割下げて再開してください。
- 健側の手や腕に力みが入る(連合反応)
- 痙縮が明らかに強くなった
- クローヌスが連続して止まらない
- 痛みが出た
- めまいや吐き気がある
歩行練習は「対面リハビリ」に任せる
Ⅲ期の自主トレで歩行練習を除外するのは、サボりではなく「戦略」です。
足首の背屈不全と膝のコントロール不足のまま歩行を繰り返すと、反張膝(膝が逆方向にそる)、内反尖足(足が内向きに下がる)、分回し歩行(足を外側に振り出す)といった異常パターンが運動学習として定着してしまいます。
一度固定された望ましくない運動パターンは、後から正しいパターンに置き換えるのが非常に困難であることが動物実験でも示されています(Alaverdashvili & Whishaw, Behav Brain Res 2008)。
自主トレでは「動きの質と選択性」を稼ぎ、歩行という複雑な課題は専門家の目がある対面リハビリに任せる。この分業こそが、Ⅲ期からⅣ期(分離運動が出始める段階)への移行確率を最も高める方法です。
「もう遅い」は科学的に正しくない
生活期(発症6か月以降)でも、脳の可塑性(変化する力)は維持されています(Mang CS, Phys Ther 2013)。英国の脳卒中ガイドライン2023(RCP)は「脳卒中後いつの時点でもリハビリの効果が見込める」と明記しています(National Clinical Guideline for Stroke 2023)。
ただし、「今すぐ歩けるようになる」よりも「6か月後に分離運動が出るようにする」という長期的な視点で取り組むことが大切です。移乗の安定、立ち上がりの改善、拘縮と痛みの予防、そして生活の質の向上——こうした多面的な目標を持つことが、現代のリハビリテーションが推奨するゴール設定です。
参考文献
- Li S et al. “New insights into the pathophysiology of post-stroke spasticity.” Front Neurol 2019. Frontiers
- McPherson JG et al. “Progressive recruitment of contralesional cortico-reticulospinal pathways drives motor impairment post stroke.” J Physiol 2018 / Front Neurol 2022. Frontiers
- Sütbeyaz S et al. “Mirror therapy enhances lower-extremity motor recovery and motor functioning after stroke.” Arch Phys Med Rehabil 2007. PubMed
- Thieme H et al. “Mirror therapy for improving motor function after stroke.” Cochrane Database Syst Rev 2018. Cochrane Library
- Thijs L, Verheyden G et al. “Trunk training for improving activities after stroke.” Cochrane Database Syst Rev 2023. Cochrane Library
- Dean CM, Shepherd RB. “Task-related training improves performance of seated reaching tasks after stroke.” Stroke 1997. AHA Journals
- Pollock A et al. “Interventions for improving sit-to-stand ability following stroke.” Cochrane Database Syst Rev 2014. Cochrane Library
- Ng SS, Hui-Chan CW. “Transcutaneous electrical nerve stimulation combined with task-related training improves lower limb functions in subjects with chronic stroke.” Stroke 2007. AHA Journals
- Dorsch S, Ada L, Canning CG et al. “The strength of the ankle dorsiflexors has a significant contribution to walking speed in people who can walk independently after stroke.” Arch Phys Med Rehabil 2012. Archives of PMR
- Pradines M, Gracies JM. “Guided self-rehabilitation contract vs conventional therapy in chronic stroke.” Neurorehabil Neural Repair 2019. Sage Journals
- Dunsky A, Dickstein R et al. “Home-based motor imagery training for gait rehabilitation of people with chronic poststroke hemiparesis.” Arch Phys Med Rehabil 2008. Archives of PMR
- Buchignani B et al. “Action observation training for rehabilitation in brain injuries: a systematic review and meta-analysis.” BMC Neurol 2019. PubMed
- Mang CS et al. “Promoting neuroplasticity for motor rehabilitation after stroke.” Phys Ther 2013. Oxford Academic
- Royal College of Physicians. National Clinical Guideline for Stroke 2023. strokeguideline.org
- Alaverdashvili M, Whishaw IQ. “Motor cortex stroke impairs individual digit movement in skilled reaching of the rat.” Behav Brain Res 2008. ScienceDirect
- Krakauer JW. “Motor learning: its relevance to stroke recovery and neurorehabilitation.” Curr Opin Neurol 2006. LWW Journals
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